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黄泉の犬/藤原新也
ふと「ニンゲンは犬に喰われるほど自由だ」というフレーズを思い出して読んでみた.
写真集は知っていた.黄泉の犬が,人を食う犬のことだと分かっていたし,写真も覚えている.ちなみに,私は2001年の9月に一人でポルトガルの先っぽの岬*1に行ったとき,他に誰一人いない,曇天の,すぐ足の下は大西洋という場面で,ああ,ここで落ちられる程私は自由なんだなと,間抜けなことを思った.このことを,このフレーズを見るたびに思い出してしまう.他の人がなんといおうと,私にとってはその体験が,死や無をはっきり意識した,自我の瞬間だった気がする.
あの写真を撮影した後の話が衝撃的だった.筆者は,あの犬たちに本当に食われそうになっていたのだ.結局,川に腰まで浸かることでことなきをえる.そのとき,幾度も観察していた火葬死体のように,自分もただの物体であるという自我に目覚めたとのこと.即身成物.結局,私たちは物であって,物に帰るだけなのだということ.
オウム真理教と筆者を繋ぐのはインドの体験.なので,インドでの話とオウム真理教の事件背景を追う話と平行して進む.物としての自我を持たない,宗教に走った若者を嘆く.節々に出て来る筆者のインドでの体験は,無謀で,危なっかしい.けれど,そういう勢いがある時期というのは,誰しもあったと思う.筆者が一方的に自分の体験こそ至高と思っている点は,共感できないが,若者がもがきながら自我に目覚めて行くと言う点では,共感できる.
また,欧米の若者がインドに来て,何かに目覚めたような体で振る舞うことに対する,侮蔑のまなざしは痛快.空中浮遊を否定するあたりも.
この本は1995年から1996年にかけて雑誌「プレイボーイ」に連載された記事に加筆改訂されたもの.プレイボーイはAKBなんかのグラピアの反面,人生相談のコーナーもしかり,こういった骨太な記事も載せている.
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*1:ロカ岬ではない