歴史は「べき乗則」で動く――種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

歴史は「べき乗則」で動く――種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)


社会現象に対して物理現象でみられる「相転移」や「臨界状態」という言葉を使い記述することは、キャッチーで直観的で的を得ているような印象を受けることすらある。
しかし、こういった言い回しは特に物理学者は慎重である。
アインシュタインは以下のように述べたという。*1

物理科学の原理を人間生活に適用するという現在の流行は、誤りであるだけでなく、非難されるべきものだと、私は考えている。


この発言がいつのものかはよくわからないが、少なくとも2000年に出版された本書はこう反論する。

量子論も相対論も、時間に依存しない方程式を基礎としており、どのような形でもそこに歴史を含めることはできない。
それに対して砂山ゲームなど、単純なゲームにおいては、歴史が重要な役割を果たしている。そしてもし、相互作用する物事の集団のなかを、どのように影響が広がり、どのように秩序や無秩序がや変化が伝わるのかと言った方法について、何らかの深遠な事実が臨界状態の性質から分かるとしたら、社会学者や歴史学者に取ってそこに有用な概念を見つけられるかもしれないと考えるのは、そうばかげたことではないだろう。


私は偶然にも、3.11大地震の起こった夜、大学に閉じ込められたことをきっかけに、本棚に積んであった本書を読み始めた。
本書では、「ベキ乗則」が世の中あらゆるところに遍在するという視点(そういう意味で原題はUbiquityなのだろう)から、
磁性体の相転移現象、砂山崩し、さらには山林火災や株価の暴落までを例にとって紹介する。
そのなかで、最もベキ乗則の典型的な例として最も多く紹介されているのが、地震である。


今回の大地震も、TVが勝手に座っている人の向きを向く、念じるだけで車椅子が動くなどの科学テクノロジーが発展した世界で、
なぜ、これほど大規模な震災が予知できなかったのかと、批判する人もいるだろう。
地震の規模の分布がベキ分布になるという「グーテンベルク=リヒター則」、
大きな地震からの余震の回数がベキ関数的に減衰するという「大森の法則」は随分前から分かっていて、
地震のメカニズムや規模が解明され「なぜ、地震が起きるか」はほぼ完全に分かっている。
すべての地震の原因は、きっかけとなる断層の小さな一部分の岩石が滑り出すことによって引き起こされる、という本質的な共通項も分かっている。
しかし、結局一番知りたい「いつ、どこで地震がおきるのか」と予知することに、これらの知識は十分ではない。
なぜなら、

地震の規模は、きっかけとなった出来事で決まるのではなく、岩石の滑りの連鎖がさらに遠くまで伝わるかどうか、
すなわち地殻の長い範囲に届くような「不安定性という大きな手」が揺り動かされるかどうかによって決まる。

からである。
そして、まさに「連鎖」がベキ乗則を生み出す本質なのである。


連鎖もしくは雪崩が起こる前のギリギリの状態=臨界状態、については第6章の磁石の話が分かりやすいし、
相転移、臨界状態という言葉を用いるなら頭に入れておきたい話。
この他にも本書ではSneppen、Newmanらの内的、外的説からの生態系の話、
Stanleyらの株価変動の話、Rednerらの論文引用ネットワークの話など多岐に及ぶ。
解説は複雑ネットワーク研究の増田直紀さんである。


本書の言葉を使えば、3.17現在も「臨界状態」が続く日本。
それを落ち着かせるための方法は本書にはなく、「時間」が過ぎて落ち着くのを待つばかり。
それでも、何か考え、行動し、変えようとすることにこそ、モノではないヒトの独自性、
物理では語れない現象、ストーリーがあるに違いないと思っている。

*1:P. Novick, ``That Noble Dream'', 0.139 [Cambridge University Press, 1988]